a patch of blue

‘その斜面の雑木は皆切っちょいておくれーな’と親方に言われる。そこには一本の立派な大木が含まれていた。本当に切ってよいものか訊くと親方は頷き、その白い木をイモ木と呼び、軟らかいから版画に使う木だ、新芽を天ぷらにすると美味いと言った。なんとも勿体無く、少し忍びなく切った。大木は大きな音をたて谷へ崩れた。その斜面をチェンソーを片手に横に移動する。もうここは殆ど垂直である。切った雑木の根元を摑み地下足袋を踏み込み柔らかい地面に足場を作る。が、掴んだ細い雑木が折れ背中から宙を舞い滑落した。2,3メートルほど落下したが先ほど切った間伐の檜木に背中を強打し止まり、下まで転げずに左足打撲ですんだ。左手にはエンジンがかかったままのチェンソーが握られ、斜面には草刈機で下刈りした先端が尖った細い雑木の切り株が点々とあり、自ずと最悪のイメージし恐ろしくなった。足一歩そこに踏み出せばその後どのようなことが起こり得るのか考えながらいつになく慎重に谷へ降りた。そして森林組合のルール通りそのイモ木を1メートル間隔に切断した。その幹は樹皮が森の中で目立つ同様白く美しかった。休憩時間、痛めた背中をいまや丸太となったその木の上に仰向けになり伸ばした。そうして上を見上げると間伐作業で陽射しを得た木々の隙間から青空が覗いているのが目に入った。身体から立ち昇った湯気がその青い穴に吸い込まれるように見えた。ふとその時、高校生の頃見たA Patch of Blueという映画を思い出した。文字通り、雲の隙間を覗く青空。シドニーポワチィエ主演の、盲目の白人少女と黒人青年のなんとも切ないその古いモノクロ映画をオレはよく覚えている。そのストーリーを回想し、そこからまた突拍子もない想像を巡らす。そして毎度のこと最後には、あーどこか遠くへいきたいと思う。                                                                       外気温は2,3度か。10分も休めば身体が急激に冷えてくる。山の中腹でタバコを吸ってたおじさんらも頭にタオルを締め直しヘルメットを被った。オレは気を取り直し、体を起こして眼鏡に曇り止めを施しチェンソーを握ってまた山を駆け上がった。

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